壇上伽藍 金堂
   
案内板より
高野山の草創
高野山は和歌山県伊都郡の紀ノ川南方、海抜820メートルの山上にある。東西5キロ南北1キロの平地となり八葉の峰々でかこまれている。今から1150年前、弘法大師は真言密教の修禅の地として朝廷から賜わった。行者は朝に夕に修行し、この身このままで仏になるように努めている。弘法大師は弘仁7年(816)から弟子とともに高野山(金剛峯寺)の建設にかかった。先ず西部の小高い台地に壇場をひらき堂塔を建立した。講堂(後の金堂)・地主神の御社・僧坊、教理上の中心としての大塔の建設も企て困難を越えその実現に努力した。壇場の北に中院(現龍光院)があるが弟子真然大徳以後の歴代の山主は、同院に住したといわれ中興 明算大徳の名も知られている。