小雲取越 
  
桜茶屋跡
ここには明治の末年まで茶屋がありました。庭先に桜の大木があったので桜茶屋と名づけたといいますが、この付近には山桜が多く自生していましたから、この地にふさわしい呼び名であったといえます。ここから見下ろす小和瀬のはずれに白装束の巡礼の一団を見かけると、茶屋の主人は大急ぎで餅をつき、お茶を沸かし、準備万端調えたころ、先刻の巡礼の一団が店先に姿を現したと伝えます。
  山家とは嘘よ名を知れ桜茶屋  燕志
  休め休め日は暮次第桜茶屋  杉暁
  茶屋の名の花にも化かす五月空  麦雨

案内板から