不動坂口女人堂
 高野山女人道の中で今でもお堂があるのがここの女人堂
  
案内板から
高野山女人道
高野山では、明治の始めまで女人禁制が守られており、女性は山内に入れなかった。そのため各入口には女性の参籠するための女人堂が設けられ、その女人堂をめぐり、高野山を外から参拝する道が女人道である。
高野七口(高野街道)
弘法大師入定以来、高野浄土信仰の広まりとともに、人々の参拝が盛んになり、参拝者がたどった高野山への道で、主な七つの道を高野七口とよばれていた。なお、高野山は女人禁制であったため女性は山内に入れず、各入口には女性のための籠り堂としての女人堂がつくられ、女人信者は御廟を拝みたいと八葉蓮華の峰々をめぐる女人堂をたどったといわれている。現在は不動坂口にのみ女人堂が残っているが、他の入口にも女人堂跡は残っている。