牛谷坂 2005.12
牛谷坂(浦田坂)と呼ばれるこの坂は、延宝2年(1674)内宮長官の藤原氏富が、山田奉行桑山丹後守貞政の許可を受け、数百両の私財を投じて改修されました。参拝者は内宮への近道となるこの牛谷坂を利用するようになり、しかし当時は現在のようなまっすぐな坂道ではありませんでした。元禄10年(1697)、久永丹後守重高の命により、再度改修工事が行なわれました。さらに文化2年(1805)、古市の妓桜千束屋(ちつかや)の主人”りと”が山田奉行の許可を得て、千両余を投じて本格的な改修工事を行い、これが現在の牛谷坂になります。
牛谷という名は、この付近に牛鬼という怪物がいたという牛鬼伝説が由来とされています。