泉井上神社 2008.1

   
泉井上神社境内社和泉五社総社本殿  国指定重要文化財
泉井上神社は、「和泉」の地名の発祥となったと伝えられる「和泉清水」を祭っている神社である。五社総社は、奈良時代に河内国から分離し、和泉国が設置された際、国府の所在地府中に、国内の五大社である大鳥、穴師、聖、積川、日根を総合して勧請し、参詣の便を図ったといわれている。現在の本殿は、慶長十年(1605)に、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建したと伝えられるもので、国の重要文化財に指定されている。正面桁行三間、身舎側面二間、屋根が一間分前へ延びて庇をなす、「三間社流造」と呼ばれる形式で、桧皮葺である。正面と両側面には縁を廻して組高欄を設ける。向拝位置は浜床を張って半高欄を置き、五級の階段にも宝珠柱の立つ登高欄を設けている。また、内部は内外陣境を三枚の両開き板戸で分かつ。主要部分は丹塗りで極彩色を施し、よく当時の様式を残しており、造営時期が明確な社殿として貴重である。
平成3330日  和泉市教育委員会
   
和泉清水  大阪府指定史跡  昭和52331日指定
古くから「国府清水」または「和泉清水」とよばれ、霊泉として祭られるとともに、農業用水として周辺の農地を潤してきた泉である。社伝によると、泉は、、神功皇后の新羅出兵の際、一夜にして湧き出たことから霊泉として祭られるようになったという。水は常に清らかに澄み、その味は甘露であるとして広くその名を知られ、豊臣秀吉も大坂城に運ばせて、茶の湯に用いたという。ここは古来、和泉国和泉郡和泉郷とよばれた地であるが、「和泉」という地名も、また「泉井上神社」の社名もこの泉に由来すると伝えられている。

平成103  和泉市教育委員会

案内板の説明より