南近義神社 2008.1

   
主神の弥都波能売神をはじめ、丹生都比売神など三十六の神をまつる。もとは、吉野の丹生神社の分社であり、丹生神社と呼ばれた。弘安7年(1284)に近木庄が高野山鎮守の丹生都比売神(天野明神社)に寄進された際、分霊が歓請されたと伝えられており、天野明神とも呼ばれた。水、雨、あるいは安産の神として信仰があつく、江戸時代には雨乞いのため、鐘・太鼓を鳴らしながら“干度参り”が行われた。明治40年から42年にかけて、南近義地域に所在する神社を合祀し、南近義神社と改められた。熊野九十九王子のうち、鞍持・近木両王子も合祀されている。

平成43  貝塚市教育委員会

案内板説明より