曽根次郎坂・太郎坂  2004.09
甫母峠ほうじ茶屋跡
この平地(広場)に「ほうじ茶屋」があって多くの西国巡礼者や旅人をもてなした。この茶屋がいつ開業し、いつたたんだかは不明であるが、江戸時代、天明六年(1786)ここを通行した旅人の道中日記には、すでに茶屋があったことが記されている。また文化十三年(1816)に、現在の山形県鶴岡市から伊勢参宮と西国三十三ヶ所巡礼に来た旅人の道中日記に「曽根、能宿屋あり。これより曽根太郎坂、次郎坂。ニ十町登り茶屋あり。また少し登り茶屋あり・・・」と記されており、この「ほうじ茶屋」の他に曽根からの登り坂にもう一軒茶屋があったようだ。西国三十三所名所絵図(嘉永元年・1848)には「峠に茶屋一軒ありて、俗にホウチ茶屋といふ。これまた甫母地茶屋の転語なり・・・」と、茶屋のことが記されている。この「ほうじ茶屋」は明治二十九年(1896)に曽根と二木島に新道ができたが、その頃まで続いたともいわれている。